ワトルズの教え~双極性障害の私が2年半で年収1000万円になった話とこれからの話

双極性障害があり、困窮していた私が100年以上も前に書かれた書籍を読み込み、実践することで経済的にも豊かになり、幸せになった話をときには楽しく、ときには大真面目に書いていきます。

ワトルズの教え 15 ~ 『お金持ちになる科学』より

ワトラーをはじめ、当ブログにお立ち寄り下さった皆さん、おはようございます!

ワトルズの教えの伝道師、金井戸隆(かねいどたかし)です。

 

今回は、『お金持ちになる科学』からお話をさせて頂きます。なお、本文中の訳語や引用は、私の愛読書の『富を「引き寄せる」科学的法則」(角川文庫 山川紘矢+山川亜希子=訳)から抜粋しております。

 

よくアファメーションのように、「ありがとう」を何度もくり返し発すると願いが叶ったり、幸せになったりするという教えを耳にします。

 

確かに「ありがとう」という言葉やその思いは素晴らしいものです。

 

実際、ワトルズの教えにも感謝という言葉が重要なキーワードになっています。

 

ですから、「ありがとう」を繰り返し唱えることはそれはそれで良いことだと思うのですが、実はその考えは、ワトルズの教えとは微妙に違っているのです。

 

ワトルズの教え:15.宇宙(神様)に感謝の気持ちを持つ

先述した通り、欲しい物やなりたい自分を宇宙にイメージして伝えることで、それらが手に入ったり実現したりするのですが、その大切な条件として、その願望が宇宙(神様)との思いと調和しなければなりません。

 

そして、その調和を確実なものにするためには、自身と宇宙(神様)が結びついていなければならないとワトルズは言っています。

 

では、自身と宇宙(神様)と結びつくにはどうすればよいのか?

 

ワトルズは、宇宙(神様)に感謝の気持ちを持つことだと述べています。

 

「なーんだ、そんなことか!」と思われたかもしれませんが、実はこれが意外と難しいことなんですね。

 

今回の教えに該当するワトルズの書籍の原書を読むと、そこに使われている感謝の気持ちに該当する単語に「gratitude」が使われています。

 

「thanks」ではないんですね。

 

では、この「gratitude」は、「thanks」とどう違うのか?

 

何だか英語の授業のようですが、実はここに、アファメーションを唱えることと微妙に違うワトルズの教えの重要な要素が見え隠れしているのです。

 

「thanks」は口語的な表現のようで、「感謝」「謝辞」という意味があります。実際英語で、「ありがとう」を「Thank you」と言いますね。

 

一方、「gratitude」は文語的な表現で、「感謝の念」「(行為などに対する)謝意」という意味になり、感謝する言葉ではなく、感謝の気持ちといったニュアンスになります。

「ありがとう」と何度も口にすることは、とてもよいことです。言われた相手もきっと嬉しい気持ちになるはずです。ですから、私は「ありがとう」と言葉で常に伝えるように意識しています。

 

ただ、ワトルズの教えでは、同じ要領で宇宙(神様)に「ありがとう」と何度も唱えましょうとは言っていません。

 

「感謝の念」や「謝意」を持ちましょうと言っています。

 

実は、ここが「ありがとう」とアファメーションを何度も唱えることより難しいところであります。

 

先程も述べたように「ありがとう」と繰り返し口にすることを否定しません。それは、それでいいことです。ただ、そこに本当に感謝する気持ちがなければ、宇宙(神様)とつながることが出来ないのです。

 

ここがワトルズの言う、「感謝する」ということの難しいところなのです。

 

 何か良いことがあった時、神に感謝すればするほど、ますます良いものが、ますます早く与えられるようになります。それは感謝に満ちた態度が、私たちの心を恵みの源である神の近くへと引き寄せてくれるからです。感謝の気持ちがあなたの心と宇宙の想像力をより深く調和させるという考え方を今まで知らなかったならば、よくこのことを考えてみて下さい。

『富を「引き寄せる」科学的法則」(角川文庫 山川紘矢+山川亜希子=訳)

 

例えそれほど心がこもっていない「ありがとう」でも、日常の生活の上では、人と人との潤滑油的な役割として、とても大切なものです。

 

ただ、その謝意を送る対象が目に見えない者の場合やその成果がその目に見えないもののおかげだと確信できない場合は、真に「感謝する」ということが難しくなります。

 

つまり、「ありがとう」と何度言っても、その対象に「感謝する気持ち」がなければ、それは伝わらないと言っています。

 

そのため、ワトルズは、「感謝すること」を「信仰」だと言っています。

 

目に見えないものを確信して、その目に見えないものが与えてくれたことに感謝することが、神(宇宙)を信じることであり、その行為を「信仰」と言っているのです。

 

それでは、私は何か特定の宗教を信仰しているのかというと、そんなことはありません。亡くなかった方を仏様として手を合わせたり、近所の神社にはしょっちゅう参拝に行きます。

 

日本人の大半を占める特定の宗教を信仰しない者のひとりです。

 

正確にいうと宇宙が私の大霊であります。これは、私の思い描く私の神様です。

 

私の経験 ~ 我が強かった自分

10年ほど前までの私は、人間努力がなければ何も成し遂げれないと思っていました。

 

もちろん、行動や努力なしでは何もなし得ないというのは半分正解です。でも半分は、間違っていると思います。

 

昔の私は、その人の頑張りや努力だけが成果に結びつくと思っていましたので、営業で成果が出た時は、自分が頑張ったおかげだと思っていました。

 

時々収入が少し上がった時も、自分の頑張りのおかげだと思っていました。

 

そのため、周囲の人の助けや心配りに感謝することはありませんでした。

 

ましてや、目に見えないものに感謝をすることなど全くありませんでした。

 

そして、9年前にあの事件が起こります。

 

長男が脳動静脈奇形による脳出血を起こした時です。

 

長男は失語症になり、私と妻は絶望しました。

 

努力だけではどうすることもできません。

 

私たち夫婦は、なすすべが無く、とても無力だと思いました。

 

もちろん、近くの神社にすがるようにお祈り致しました。

 

すると、以前も書きましたが、長男は無事手術に成功し、失語症の症状が術後には全くなくなっていたのです。

 

私の実践 ~ 神を近くに感じるようになった私

術後、長男がひとりで歩いてトイレに行き、普通に話し出した時に、私は傍に神様を感じました。

 

それは誰にでも平等で、それまでの生き方の是非を問わず、願った真の思いを淡々と汲み取ってくれる大きな存在でした。

 

そして、目に見えぬその存在に感謝しました。

 

私は無力な自分に気付き、とても謙虚な気持ちになりました。

 

謙虚になると、周囲の人達への感謝の念がこれでもかと浮かんできました。

 

オペをして下さった主治医の先生、励ましてくれた職場の同僚、長男の支えになってくれた学校の友達や留年を何とか回避できるように奔走してくれた先生方、たくさんの人に心から感謝していました。

 

自信への無力さを知った上で起こった奇跡の様な出来事により、私は謙虚になり、周囲の親切や思いやりや心配りに気付くようになったのです。

 

こんなことがあった為、私がワトルズの教えと出会って実践する際に、宇宙(神様)に感謝の気持ちを持つことが自然に出来たのだと思います。

 

ひとりでできることの限界を知ったことで、周囲のささいな親切や思いやりにも気付くようになりました。

 

もちろん、その時にはお礼を伝えます。心を込めて「ありがとう」と。

 

今回のまとめ

  1. 宇宙(神様)に感謝の気持ちを持つ。
  2. ひとりで出来ることの限界を知り、謙虚になる。
  3. 周囲の小さな親切や心配りに気付く。
  4. 謝辞を周囲の人に発する。

 

今回はこれまでです。皆さんのコメントをお待ちしております!

 

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kotoshotenさんに依頼した挿絵。感謝と書いた紙飛行機を宇宙へと放ちます。

 

宇宙の叡智とワトラーの皆さん、そして最後まで読んで下さったあなたに感謝します!