ワトルズの教え~双極性障害の私が2年半で年収1000万円になった話とこれからの話

双極性障害があり、困窮していた私が100年以上も前に書かれた書籍を読み込み、実践することで経済的にも豊かになり、幸せになった話をときには楽しく、ときには大真面目に書いていきます。

クズな私の話 ~ ワトルズの教えと出会うまでの悲惨な生活⑧

こんにちは!ワトルズの教えの伝道師、金井戸 隆と申します。

 

私のクズっぷりを書いてきたこのシリーズもいよいよ最終話となりました。いやぁ、長かったですね。過去の自分と向き合う作業は、思っていた以上にキツかったです。これは、神様が「もう一度これまでのことを振り返りなさい」と自分のこれまでのことを見直すチャンスを下さったのかもしれませんね。私が今思い描いている将来のビジョンのために、このシリーズを書くことは必要な作業だったのだと捉えています。

 

リフォーム会社への就職

再就職を決めたものの、その道は困難を極めていました。その時私は47歳。面接のアポイントを取り付けようとしても電話口で年齢を尋ねられ、47歳と告げると少しトーンが落ちて、履歴書と職務経歴書を郵送してくれと言われるのでした。面接まで辿り着けないことの方がほとんどでした。内定もいくつかもらいましたが、常に求人誌に掲載され、離職率が高いと思われる、いわゆるブラック企業のようなところばかりでした。

 

いいところが見つからず、ネットの求人募集を見ているときに、あるリフォーム会社の会社紹介のページに目が留まりました。今となっては、詳しいことは覚えていませんが、住宅リフォームの営業会社で、給与の高歩合を謳ってはいましたが、これまで見てきた訪問販売の営業会社のようなブラックな印象は全く感じられず、むしろとてもいい雰囲気の職場のような印象を受けました。私は早速応募しました。すると早いレスポンスがあり、面接の日時も決まりました。

 

いよいよ面接の日。対応してくれた人は常務取締役の方でした。役職の印象と違って、とても気さくな方で、楽しい面接をしてくれました。最後にいつから出勤出来るかと尋ねられたので、8月1日からと答えました。前日の7月31日まで、ホテルにシフトが入っていました。何となく手応えを感じて、私はここが決まれば、入社しようと決め、妻にもそのことを告げました。ただ、思った以上に返事がきません。返事はそんなにお待たせしないと思いますと言われていたので、とても不安になりました。実はあとで聞いた話ですが、私が面接を受けた時点で、営業の採用枠は埋まっており、社長は私の採用に消極的だったようです。ただ、面接をしてくれたその人が、相当食らいついてくれて、いい人だからと随分推してくれたようでした。そして、私はその常務のおかげで、今のリフォーム会社に就職が決まりました。常務は今でも、入社6年目となった私を公私に渡り応援してくれています。

 

新しい職場での私の変化

私は相当な覚悟をもって、新しい職場での勤務をスタートしました。まずは、しっかり成果を出すことで、社長に認めてもらい、長く定年まで勤めさせてもらおうと思っていました。40代半ばを超えた転職だった為、就職活動はとても苦労しました。ここを首になってしまうと、もう後がないと思っていました。私には会社に就職したというよりも、会社に拾ってもらったという思いの方が強かったのでした。

 

そのため、上司や先輩からの話は素直に聞いて即行動していました。例えば、社長から会社の飲み会は、仕事を進める上で有益だと聞くと、それまでの職場では、仕事の延長だと思って常に不参加だった飲み会に、積極的に参加するようになりました。

 

また、成果を上げるために、色んな本を読んだり、営業トークを研究したり、自身で考えた日誌を作成したりなど自主的にやっていました。

 

会社の飲み会に参加し、帰宅して仕事のことや同僚のことを話す私を見て、妻が私の変わりように驚いていました。それまでは、仕事とプライベートは別物と捉え、私生活に仕事を持ち込みたくないと考えていました。しかし、現在の職場に移ってからは、いかに業績をあげるかが重要だったため、仕事とプライベートの垣根など自然となくなっていました。

 

そのうち自分も社長のようにお金持ちになりたいと思うようになりました。成功者の社長は、私にとってはお手本だと考え、社長の話をいつも聞き漏らさぬように耳を傾け、言われたことは素直にやってみました。するとメキメキ力をつけ、成績も毎月上がっていきました。会社の飲み会にも継続して参加していると同僚のことがよく分かり、一緒に仕事をすることを楽しいと感じていました。

 

双極性障害

しかし、そんな状況でも月に1回は休まずにはおれなくなるのでした。そこで妻の提案もあり、念のため、精神科を受けることになりました。私も不安に感じていることがありました。私の曾祖母とは、会ったことはありませんでしたが、祖母から、気が触れて首を吊って亡くなってしまったという話を聞いていました。また、このシリーズの最初に登場した、お世話になったいとこ違いのおじさんも事業が上手くいかず、自ら命を絶っていました。私の母も自死することは幸いにありませんでしたが、うつ病を患っていた時期がありました。私は何か遺伝的に問題があるのではないかと心配になり、近所のメンタルクリニックを受診しました。

 

初診の時、私は精神科の先生に全て正直にこれまでのことを順を追って話しました。すると、それまでじっと話を聞いていた先生が、「大きな借金を抱えたことはありませんでしたか?」と尋ねられました。その質問の意図は分かりませんでしたが、「はい」と正直に答えると、開口一番、「双極性障害だと思います」と言われました。

 

私はその診断を受け、少しほっとしました。これまでの全てが、その気分障害のせいだということはありません。嘘をついたり、借金を重ねたりしたことは、私の資質によるものです。ただ、双極性障害も原因のひとつだと思えることで気が楽になりました。その頃の私は、今よりもっと自分のことが嫌いで、自分自身を全く信用していませんでした。そうして私は、精神科の先生の指示をきちんと守り、定期的に診察を受けながら、処方される薬もきちんと服用しました。そうすると、なんと1年半、今の職場で皆勤をしたのでした!私の人生で初めてのことでした。

 

現在の私

現在の私は、就職6年目となり、役職も課長職を拝命し、自分の営業成績だけでなく、自分のチームと全体の成績の管理、新人の育成にも務めています。忙しい毎日ですが、充実した毎日を送っています。

 

年収が1000万円を超えて3年が経過したことや子育てが終わったこともあり、妻は相変わらず看護師の仕事をしているのですが、パートタイマーにシフトし、月の半分はお休みで英会話や絵画を習ったりしています。仕事を辞めて、のんびりすることを勧めたのですが、仕事を辞めると、会話をする人が1階に住む妻のお母さんだけになってしまい、そんな環境で年をとっていくのは嫌だという何だかよく分からない理由で彼女は仕事を続けています。

 

そして、今の私は、現在の状況を実現してくれたワトルズの教えをたくさんの人に知ってもらうためにブログを書いています。これからの5年間で私は必ず実現する目標があります。いずれ、そのことを詳しく述べ、ワトルズの教えをタイムリーに実践していきます。

 

この長いシリーズは、これで終わりです。お読みいただき誠にありがとうございます!

 

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kotoshotenさんに依頼したイラスト。精神科の先生には、初診からずっとお世話になっています。

 

宇宙の叡智とあなたの根気強い読書力に感謝します。