ワトルズの教え~双極性障害の私が2年半で年収1000万円になった話とこれからの話

双極性障害があり、困窮していた私が100年以上も前に書かれた書籍を読み込み、実践することで経済的にも豊かになり、幸せになった話をときには楽しく、ときには大真面目に書いていきます。

ワトルズの教え的パワースポット ~ 福岡城跡

こんにちは!ワトルズの教えの伝道師、金井戸隆(かねいどたかし)です。

 

今回は、ワトルズの教え的パワースポットを紹介します。

 

どこがワトルズの教え的なのか?

パワースポットと聞いて、皆さんは、どこを思い浮かべますか?テレビやネット等で見たり、人から聞いたりした場所があると思います。私もパワースポットは好きでよく行きます。

 

ただ、ウォレス・ワトルズは、著書の中で、「オカルトの迷宮にはまってはいけない」と書いてあり、心霊的なものや迷信的な儀式などで、人生は左右されないと言っています。私も同感です。亡くなった人を敬ったり、大切に思う気持ちは大切です。ただ、必要以上に、今現実に生きている人に、亡くなった方の力が及ぶとは考えていません。ここは人それぞれなので、そう思われていない方の否定や批判も致しません。それを信じているとそう思ったようになるのではないかと思っています。実は、そういう考え方をワトルズ的だと思っています。

 

パワースポットも同じような考え方です。周囲で言われているからパワースポットと言うのではなく、実際に自分が訪れて、そう思う場所をパワースポットと呼ぶようにしています。ですから、パワースポットと呼ばれていない場所でも「ここに来ると元気がでるんだよなぁ。」と感じ、自分にとってのパワースポットだと呼べるところは、「ワトルズの教え的パワースポット」と呼んでいます。

 

以前、人間の脳は、スーパーコンピューターだと述べました。そして、人間の頭と宇宙がつながっているという考え方が、ワトルズが提唱するニューソートの思想のバックボーンとなる考え方だともお伝え致しました。ですから、私達の頭の中のスーパーコンピューターが、ここは自分にとって、パワーやひらめきを与えてくれる場所だと思ったのなら、それは素直にそう信じていいのではないでしょうか。そして、それこそが、本当の意味での自分自身のパワースポットなのではないでしょうか。私は、このブログでは、それを「ワトルズの教え的パワースポット」と呼んで、紹介していきます。

 

福岡城跡って何?

前置きが長くなりました。今回ご紹介する初のワトルズの教え的パワースポットシリーズの第1回目は、福岡城跡です。

 

以前、NHK大河ドラマで「軍師官兵衛」が放送されていましたが、その主人公こそ、福岡の祖と言っても過言ではない福岡藩祖、黒田官兵衛公です。官兵衛公は、戦国時代、豊臣秀吉の軍師として数々の武功をあげ、その実力から、秀吉からも恐れられたと言われています。その官兵衛公が、数ある候補地から、土地のパワーを読み取り(私の想像です)、選んだ場所に、ご子息の長政公と築城した城こそ、福岡城なのです。ここにもうお城はありませが、城跡の痕跡があり、私の地元福岡では、史跡として有名な所です。ただ、この地は、磁場の力が強く、気の流れが良いと呼ぶ人もおり、地元では、パワースポットとしても有名な場所です。実際、敷地内には、平安時代に外国からの来客をおもてなしをする迎賓館である鴻臚館(こうろかん)があった場所もあるので、古人もそう感じていたのかもしれませんね。

 

 

某有名人も来るって本当なの?

私も、実は福岡城跡の天守台がパワースポットであることを、ローカル番組を見て知りました。その番組では、あの美輪明宏さんが、ここを凄いパワースポットだとおっしゃって、ここでパワーをもらうために、度々福岡に訪れるという話をしておりました。美輪さん曰く、この天守台で30分両手を上げているとパワーを吸収するらしいのです。このローカル番組の動画ではありませんが、その番組で、この話を紹介していた地元のタレントさんが、自身の動画でも、福岡城跡のことを紹介していますので、是非参考にしてください。

 

youtu.be

 

私のパワースポット巡り

冒頭に述べたように、私もパワースポットが大好きです。オカルトめいたことは信じませんが、自身が悪しきものだと感じるものには、近づきませんし、良かれと感じるものには、積極的に近づきます!レストランやお店で、自分のパワースポットだと信じているところもあります。

 

この福岡城跡のパワースポットは、ローカル番組を見てすぐに行きました。しかも、夜に・・・。

 

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夜に訪れた福岡城跡の天守台。360度福岡市が見渡せる絶景ポイントでした。

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30分間、ここで手を広げると磁場のパワーと気のパワーがもらえると聞いて、この通りの妻。長年家計で苦しめてきた結果がこれです。積極的にこのポーズをしていました。

 

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今年の初日の出は、ここで。結構たくさんの方が来られていました。毎年ここに来たいなぁと思っています。

 

桜の季節になると、福岡城跡の天守台からは、たくさんの桜を上から見ることが出来ます。風が吹くと、桜の花びらが下から上に舞い上がってきます。なんだか上昇気流に乗った、その花びらをつかむと験がいいような気がしました。私が勝手に、妻にそういうことを言うと、子供みたいに急いで花びらを取りに行くので、私も負けじと取りに行きましたが、これがなかなか難しかったです。

 

今回は、「ワトルズの教え的パワースポット」を紹介させて頂きました。最後まで読んで下さり、ありがとございます。もし、宜しければ、あなたのパワースポットを教えて下さい!

 

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kotoshotenさんに依頼したイラスト。私の尊敬する黒田官兵衛公を描いてもらいました。お椀を逆さにしたような形が特徴の朱塗合子形兜。「如水の赤合子」として恐れられていたようです。そこの黒田家の紋である「藤巴(ふじどもえ)紋」を描くのに苦労されたとのことでした。ありがとございます。

 

宇宙の叡智に感謝します。

ワトルズの教えから見る才能 ~ 映画「すばらしき世界」 役所広司さん

こんにちは!ワトルズの教えの伝道師、金井戸隆(かねいどたかし)です。

 

今回は、ウォレス・ワトルズが著書の中で語っている、神が、自らの楽しみを表現しようと見出した才能を、私が「ワトルズの教えから見る才能」と勝手に銘打って、その神がかっている才能を紹介するシリーズ第二弾となります。

 

今回のその神がかった才能の持ち主は、映画「すばらしき世界」の役所広司さんです。

 

映画「すばらしき世界」は来年のアカデミー賞候補?

映画「すばらしき世界」は、「ゆれる」や「永い言い訳」を手がけた西川美和監督の2021年に公開された作品です。直木賞作家の佐木隆三氏が書いた「身分帳」を原案にして制作されました。

 

ストーリーは、13年ぶりに刑務所から主人公・三上が出所したところから始まります。人生のほとんどを裏社会と刑務所で過ごした三上は、今度こそは堅気になることを誓います。物語は彼を見守る周囲の人間とのかかわりとなかなか堅気の世界に馴染めない三上の姿を時にはユーモラスに、時には物悲しく描きます。

 

上映直後から早くもアカデミー賞候補との呼び声が高い、この作品ですが、鑑賞後もいろいろ考えさせられる良質の作品でした。今のところ、私の来年の日本アカデミー賞の最優秀作品賞の第一候補です。

 

役所広司さんは、演技がうまいっていうレベルなのか?

その主人公の三上を演じているのが、俳優の役所広司さんです。俳優仲代達矢さんが主宰する無名塾出身の役所広司さん、その芝居の素晴らしさは、誰も疑わないでしょう。

 

私も映画「キツツキと雨」の役所広司さんが大好きで、もう何度も見ています。この映画では、きこりの役を演じているのですが、冒頭から、長年きこりをやっていると思われるたたずまいで登場するんです。汗の拭き方や水筒でお茶を飲むしぐさなどが、いちいちベテランのきこりなんですね。もうこうなると演技がうまいというより、役と同化しているという域に入っています。役そのものになっているという感じで、こうなると芝居も神がかっています。

 

映画「すばらしき世界」の役所広司さん

では、映画「すばらしき世界」の役所広司さんはというと、まさにこの演技力がなければ、この映画は成立しなかったと思います。ここからは、少しネタバレをするので、まだ映画を未鑑賞の方はご遠慮ください!

 

アパートで堅気の生活を始めた三上が、部屋の前にゴミを置いている住民に注意する場面があります。堅気になろうと決意している三上なので、その注意を促す言葉は、波風を立てないように気を付けているのが分かります(それが分かる演技も素晴らしいです)。ただ、そこに居合わせたチンピラ風情の男の物言いで、三上のスイッチが入ります。その時の啖呵を切る台詞回しが秀逸なんです。よくやくざ映画で、「なんじゃい、われえ!」「ぶち殺すぞ、われえ!」みたいなステレオタイプな台詞回しがありますが、役所広司さん演じる三上は、そうではありません。とても昭和チックで、一匹狼で生きてきたような古いタイプのヤクザを彷彿とさせるのです。品がそこまで悪くはないのに、怒らせてしまったことに恐怖を感じさせる、強い意志が見え隠れする、その台詞回しに私は鳥肌が立ちました。

 

また、映画の終盤で子供とサッカーをする場面があります。シュートを決めてガッツポーズをする三上ですが、急に子供の足元に突っ伏して嗚咽するシーンがあります。なぜそんな感情になっているかは、映画を見れば分かりますが、このシーン、私は相当泣きました。ただ、その泣き方が物語を見て泣くそれとは違い、まるで事情を知る知人の涙にもらい泣きするような感情でした。このシーンは西川監督の演出の妙とそれをよく理解して演じた役者・役所さんの才能が融合してできた名シーンだと思います。

 

ネタバレはここまでです!

 

 

それらのような役所広司さんの同化した演技が、この映画の中では、随所に見られます。そんな役所さんの演技をこの映画で共演した俳優の六角精児さんは、「役所さんの演技は凄すぎて勉強にならなかった」とユーモアと敬意を込めて、そう表しています。同業の方にそう言わしめる役所広司さん、まさに神が認める才能ではないでしょうか。

 

4度目の最優秀主演男優賞受賞はあるか?

日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞に3度受賞してる役所広司さん。3度目の受賞は、映画「孤狼の血」でのヤクザのような刑事役での受賞でした。広島弁を流暢に使いまわす、そのヤクザっぷりに小気味良さを感じました。ただ、このヤクザっぽさと「すばらしき世界」のヤクザっぽさは全く違います。この人なら、この言葉をこんなリズムとイントネーションでしゃべるんだろうなと自然と受け入れられる言い回しで、役所さんは話すのです。私は役所広司さんが来年のアカデミー賞で4度目の最優秀主演男優賞を受賞することは、十分あり得ると思います。

 

今回は、役所広司さんの演技力を「ワトルズの教えに見る才能」として論じさせて頂きました。最後まで、読んで下さりありがとうございます!あなたの役所広司さんの演技力に対する意見があれば、コメント欄に寄せてください。

 

それでは、よいゴールデンウィークを!

 

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kotoshotenさんに依頼したイラスト。「すばらしき世界」のポスターに寄せずに、kotoshotenさんのタッチで描いて下さいとお願いしました。

 

宇宙の叡智に感謝します!

ワトルズの教えの実践の記録 1 ~ 私の目標

こんにちは!ワトルズの教えの伝道師、金井戸 隆です。

 

ワトルズの教え的人生の愉悦

今日からゴールデンウィークに入った方も多いと思います。ただ、このコロナウィルスの影響でいつものゴールデンウィークとは違った過ごし方になりますね。

 

私は長い連休があると、必ず妻とふたりで旅行に行きます。「ワトルズの教えに出会う前の悲惨な生活」で書いたように、妻には散々苦労をかけましたので、子育てが終わった現在、妻への贖罪と思って、休みの日は妻への接待に励んでおります。

 

ただ昨年は、鳥取県島根県の旅行を予定しておりましたが、ほとんどコロナ感染者がいない両県に、感染者数が多い福岡県から行くことは、道義的に憚られ、泣く泣く約5万円ほどの飛行機の解約手数料を払って、旅行をあきらめました。

 

実は、今年こそはと、リベンジをかけて、鳥取県島根県の旅行を計画しましたが、やはり、去年と似た状況に、たぶん両県の皆さんには歓迎されないだろうと思い、同じく約5万円の解約手数料を航空会社にお支払いし、断腸の思いであきらめました。

 

明後日から1泊2日の旅行に出かけますが、それは、いずれブログで報告します。ワトルズは、『お金持ちになる科学』の中で、見聞を広げるのに旅行に行くことは、知性を伸ばす為にも大切なことだと謳っています。ということで、このゴールデンウィーク中に、人生を愉しんでいる様子を「ワトルズの教え的人生の愉悦」と題して、近いうちにお送りしたいと思います。

 

ここ2ヶ月の私

私も明日から4日間のゴールデンウィークに入るのですが、実はここ2ヶ月間は双極性障害抑うつ症状が酷く、仕事を休んでおりました。3月は、ほぼ有休を使ってお休みし、4月は出勤したり、休んだりという感じでした。もちろん、以前「ワトルズの教えに出会う前の悲惨な生活」で書いたような休みではなく、きちんと精神科の先生にかかり、診断書も頂き、ちゃんと事情を知っている会社からも理解されて、お休みを頂きました。

 

社長をはじめ、会社の仲間の理解がとてもあることから、仕事の量をセーブしてもらったり、手助けをしてもらったりしました。とても感謝しています。

 

ワトルズの教えの実証

今日は、5月のスタートの日。双極性障害による抑うつ症状も改善したので、今回は、ワトルズの教えを実践し、目標が現実となる様子をタイムリーに報告するために、私の目標を述べたいと思います!目標が現実化するプロセスを報告することで、ワトルズの教えの具体的な実践方法が紹介でき、思い描いたことが現実となることの実証にもつながると思い、このシリーズを書くことにしました。

 

私の目標

  1. 2021年に、毎月1000万円を安定的に売り上げながら、1000万円プレーヤーを育成し、会社に貢献している。
  2. 2026年までに、個人事業で1000万円を安定的に売り上げている。

  3. 2028年までに、家を建て、10億円の貯金があり、年2000万円で生活している。

〈解説〉

  1. これは、現在勤務している会社での私の成績の目標と私が営業マンを育成する上での目標です。実はこの目標は、昨年12月には立てていました。今年に入り、1月、2月と私の個人目標を達成しました。育成でも、昨年入社し、よく私との同行営業を希望してくれた営業マンが1000万円を売り上げられるようになりました。3月、4月は先述した通り、情緒障害の為、お休みしていたので、1000万円には、届きませんでした。5月から、掲げた目標を意識して行動します。
  2. これは5年後の目標になりますが、会社勤めをしながら、個人事業を立ち上げ、会社勤務で年収1000万円、個人事業で年商1000万円を稼ぎたいと思っています。このブログはそのための第一歩です。5年後に必ず起業しています。どうぞ皆さんで、その様子を見ていてください。皆さんに育ててもらっている気持ちで頑張ります。
  3. これは、8年後の目標で、私が60歳になり、現在勤務している会社で定年を迎えることになります。家は妻との終の棲家として平屋の家を建てます。これも妻への贖罪のひとつで、妻の思う通りの家を建てます。10億円というと凄い貯金額ですが、このお金で年2000万円を使っても50年働かずに、旅行に行ったり、美味しいものを食べたりと、好きなことをしながら生活できます。この目標は立てた当初は、10億円という額が荒唐無稽で、言うのも憚られる気がしていましたが、毎日書いていると段々出来る気がしてきました。これも必ず実現しています。

以上が私の目標ですが、今後は、途中経過や何を具体的にやっているかなどをブログに書いていきます。

 

私は、明日から4日間のゴールデンウィークが始まります。もちろん、妻への贖罪を兼ねた遊びもしっかりやりますが、目標を実現するための大事な4日間としても過ごしたいと思っています。ワトルズの教えを広めるために、いろいろな勉強もするつもりです。

 

そうそう、目標には掲げていませんでしたが、健康のため、ダイエットもします!先程計った体重は84.3kg。身長が173cmなので・・・、ハイ正解です!やや肥満です。先々月から服用している降圧剤に加え、双極性障害のために薬を飲み出したので、やや薬漬けとなっております。ですので、体重を落とし、心身ともに健康になり、薬も切っていくようにしたいので、ダイエットに励みます。これもこのシリーズで記事をあげる時に報告します。

 

今回はここまでです。お読み頂いた方、ありがとうございます!コメントを頂ければ幸いです。それでは、よいゴールデンウィークを!!

 

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kotoshotenさんに依頼したイラスト。夢の種から目が出ています。この芽にいつも希望という陽の光を与えて、辛抱強く水を与えれば、夢から目標に育ち、実現という花が咲きます。

 

宇宙の叡智の感謝します!

 ワトルズの教え 4 ~ 『高潔な人になる科学』より

こんにちは!ワトルズの教えの伝道師、金井戸 隆です。

 

今回は、『高潔な人になる科学』のお話をさせて頂きます。本文中の訳語や文章は、『「思い」と「実現」の法則』(文庫ぎんが堂 佐藤富雄 監訳)から引用しています。

 

ワトルズの教え:4.思い描いたことを実現するのに遺伝や環境は関係ないと心得る

 

ワトルズは、『高潔な人になる科学』の中で、人がこうなりたいと思った時には、遺伝や環境は関係ないと断言しています。生まれ持った性格や精神的な特徴は変えることが出来ると述べています。

 

落ち込みやすい性格を陽気なものに置きかえることもできますし、臆病や短気すら克服することもできます。

引用元:『「思い」と「実現」の法則』(文庫ぎんが堂 佐藤富雄 監訳)

 

そして、脳科学の話を引き合いに出し、今は持ち合わせていない能力も必要な努力で、伸ばすことができ、やりたいと思うことは何でもできるようになり、なりたい自分にもなれると論じています。

 

理想を心のなかに描き、その理想を追求しようと進むとき、あなたという存在のもつすべての力が、その理想の実現のために必要とされる脳の領域へと向けられます。

 引用元:『「思い」と「実現」の法則』(文庫ぎんが堂 佐藤富雄 監訳)

 

心のもつ力をうまく活用することで、人間の脳は、心が望むことを実現するために発達すると述べ、脳が人間をつくるのではなく、人間が脳をつくると言っています。

 

確かにそうですね。いくら将棋の才能があっても、プロの将棋士になりたいという熱い思いがなければ、その才能を伸ばすことはできません。才能が十分でなくても、プロの将棋士になりたいという強い意志で、厳しい練習を継続し、才能を伸ばすことが出来ることは容易に想像がつきます。

 

また、ワトルズは、遺伝や生まれ持った性質以外の人間を取り巻く環境にも言及しています。

 

人間をかたりづくり、成長へと向かわせる力は、社会、経済、政治といった環境をも 支配します。

 引用元:『「思い」と「実現」の法則』(文庫ぎんが堂 佐藤富雄 監訳)

 

私たちのなかにある力は、私たちのまわりにあるもののなかにも存在し、私たちが、思い描く通りの自分になろうと決意して進むと、まわりのものも、その成長を促すかのように整いはじめると述べています。

 

例えば、この車を買おうと思った時に、急にその車が走っているのを、見かけるようになったり、その車の情報が思いがけず、よく入ってきたりするようなことはありませんか?人間の頭の中には、私のようなボンクラでもスーパーコンピューター並みの働きをする脳が搭載されており、欲しい情報だけを抽出して見つけ出すことが出来ると言われています。

 

ワトルズの生きていた時代にどれだけ脳科学が進んでいたかは分かりませんが、ワトルズは自身が実践したことから、このことに気付いていたのかもしれませんね。

 

私の経験

私が訪問販売の営業に長く携わっていることは、先に述べました。業務としては、シンプルで、地図を刷って、それを基に飛び込み訪問をするだけのスタイルなのですが、当然このご時世なので、平日はお留守のお宅が多く、在宅されているお宅でも、営業だと分かるとインターフォンでお断りされるされるケースが多くなります。

 

私は新人の頃、上司から、留守宅が多いことを成果が上がらない理由にするなと言われていました。またインターフォンで断られるのは当たり前、どうしたらいいかを工夫するのが仕事だと言われていました。昔の訪問販売の会社なので、こんな優しい言い回しではありませんでしたが、遠回しに環境は成果に関係ないと言いたかったのだと思います。

 

そのせいか、留守宅やインターフォンの対応が厳しいことを気にせず、長く仕事をやっていました。そのため、育成している部下や新人が、「留守宅が多くて厳しい」、「インターフォンでのお客様の対応が厳しい」という話を聞くと全て他責にした言い訳に聞こえてしまうのでした。ですが、経験値が少ないとそう思うのは当然でした。成功体験が少ないと、マイナスな要因に焦点が合ってしまうんですね。

 

私の実践

私は現在の住宅リフォームの営業会社に入社した際、「たくさんのお客様のお役に立つことで、たくさん契約を頂き、たくさん給料をもらおう」と思っていました。ワトルズの教えだけが、唯一の希望だった私は、何も考えず、ワトルズの教えを素直に信じるようにしていました。その頃の私は、子供の学費の為に、営業職に戻っただけで、自分が営業に向いていると思っていませんでした。思いは、もって生まれた資質をも凌駕するというワトルズの教えが希望でした。

 

私は、営業で回る場所を先輩社員から指示されると、そこは、絶対自分に向いたいいエリアだと無条件に信じていました。ワトルズの教えの環境自体が強い思いに寄せてくるという言葉を信じ、自分が契約を取りたいと強く思って、私に奇遇にもまわってきた営業エリアなので、何か縁があり、何か私にとって意味があるものだと思うようにしていました。そして、そこで成果を上げ、指示してくれた先輩社員に、「先輩のおかげで契約を頂きました、ありがとうがざいます!」とお礼を言っている自分を想像していました。そう思うとワクワクしてエリアをお回ることができました。実際、そうなることがほとんどで、今でもその先輩社員から、「金井戸は、指示したところで必ず取ってきてくれたので、指示しがいがあった」と言ってくれます。

 

営業に回っている時の訪問宅のインターフォンでも、お客様の心理を考えて、話し方や話す内容に工夫しました。それでも断られるところでは断られます。ですが、ワトルズの教えを信じていた私は、断られるお宅は、私の思い描く目標と関係のないご縁のないお宅だと捉え、むしろそこで時間を取らなくていいことに感謝していました。そして、私の話を聞いて、玄関先に出てきてくれて、私の話を聞いてくださるお客様の為に、その時は成果のことは考えず一生懸命に話しました。成果はひたむきにやった結果として後から付いてくるもの。ご縁があるところで成果は自ずと上がると思っていました。

 

新人の頃から、ワトルズの教えを信じて、そのような形で仕事にとり入れていた私でしたが、気付くと誰よりもお客様との商談のアポイントを獲得し、誰よりも契約件数を取るようになっていました。双極性障害で、一般的に営業には向いていないはずの私が、今も年収1000万円を稼ぎ、なおかつ楽しく仕事が出来ているのは、ワトルズの教えである。もって生まれた資質は関係ないこと、強い思いが環境をも味方につけることを信じ、実践したからだと思っています。

 

今回のまとめ

  1. 心に思い描いたことを実現するのに遺伝や環境は関係ない。
  2. 今ある環境や経験は自分にとって意味があると感謝する。
  3. 他人は変えられないが、自分は変えられる。
  4. 誰かに何かを与えることで、自分にも何かが与えられる。

 

今回は、これまでです。最後までお読み下さり、ありがとうがざいます!コメントを頂くと嬉しいです!

 

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kotoshotenさんに依頼したイラスト。心で強く思い描いて行動すると正しいドアが開かれます!

 

宇宙の叡智に感謝します!

クズな私の話 ~ ワトルズの教えと出会うまでの悲惨な生活⑧

こんにちは!ワトルズの教えの伝道師、金井戸 隆と申します。

 

私のクズっぷりを書いてきたこのシリーズもいよいよ最終話となりました。いやぁ、長かったですね。過去の自分と向き合う作業は、思っていた以上にキツかったです。これは、神様が「もう一度これまでのことを振り返りなさい」と自分のこれまでのことを見直すチャンスを下さったのかもしれませんね。私が今思い描いている将来のビジョンのために、このシリーズを書くことは必要な作業だったのだと捉えています。

 

リフォーム会社への就職

再就職を決めたものの、その道は困難を極めていました。その時私は47歳。面接のアポイントを取り付けようとしても電話口で年齢を尋ねられ、47歳と告げると少しトーンが落ちて、履歴書と職務経歴書を郵送してくれと言われるのでした。面接まで辿り着けないことの方がほとんどでした。内定もいくつかもらいましたが、常に求人誌に掲載され、離職率が高いと思われる、いわゆるブラック企業のようなところばかりでした。

 

いいところが見つからず、ネットの求人募集を見ているときに、あるリフォーム会社の会社紹介のページに目が留まりました。今となっては、詳しいことは覚えていませんが、住宅リフォームの営業会社で、給与の高歩合を謳ってはいましたが、これまで見てきた訪問販売の営業会社のようなブラックな印象は全く感じられず、むしろとてもいい雰囲気の職場のような印象を受けました。私は早速応募しました。すると早いレスポンスがあり、面接の日時も決まりました。

 

いよいよ面接の日。対応してくれた人は常務取締役の方でした。役職の印象と違って、とても気さくな方で、楽しい面接をしてくれました。最後にいつから出勤出来るかと尋ねられたので、8月1日からと答えました。前日の7月31日まで、ホテルにシフトが入っていました。何となく手応えを感じて、私はここが決まれば、入社しようと決め、妻にもそのことを告げました。ただ、思った以上に返事がきません。返事はそんなにお待たせしないと思いますと言われていたので、とても不安になりました。実はあとで聞いた話ですが、私が面接を受けた時点で、営業の採用枠は埋まっており、社長は私の採用に消極的だったようです。ただ、面接をしてくれたその人が、相当食らいついてくれて、いい人だからと随分推してくれたようでした。そして、私はその常務のおかげで、今のリフォーム会社に就職が決まりました。常務は今でも、入社6年目となった私を公私に渡り応援してくれています。

 

新しい職場での私の変化

私は相当な覚悟をもって、新しい職場での勤務をスタートしました。まずは、しっかり成果を出すことで、社長に認めてもらい、長く定年まで勤めさせてもらおうと思っていました。40代半ばを超えた転職だった為、就職活動はとても苦労しました。ここを首になってしまうと、もう後がないと思っていました。私には会社に就職したというよりも、会社に拾ってもらったという思いの方が強かったのでした。

 

そのため、上司や先輩からの話は素直に聞いて即行動していました。例えば、社長から会社の飲み会は、仕事を進める上で有益だと聞くと、それまでの職場では、仕事の延長だと思って常に不参加だった飲み会に、積極的に参加するようになりました。

 

また、成果を上げるために、色んな本を読んだり、営業トークを研究したり、自身で考えた日誌を作成したりなど自主的にやっていました。

 

会社の飲み会に参加し、帰宅して仕事のことや同僚のことを話す私を見て、妻が私の変わりように驚いていました。それまでは、仕事とプライベートは別物と捉え、私生活に仕事を持ち込みたくないと考えていました。しかし、現在の職場に移ってからは、いかに業績をあげるかが重要だったため、仕事とプライベートの垣根など自然となくなっていました。

 

そのうち自分も社長のようにお金持ちになりたいと思うようになりました。成功者の社長は、私にとってはお手本だと考え、社長の話をいつも聞き漏らさぬように耳を傾け、言われたことは素直にやってみました。するとメキメキ力をつけ、成績も毎月上がっていきました。会社の飲み会にも継続して参加していると同僚のことがよく分かり、一緒に仕事をすることを楽しいと感じていました。

 

双極性障害

しかし、そんな状況でも月に1回は休まずにはおれなくなるのでした。そこで妻の提案もあり、念のため、精神科を受けることになりました。私も不安に感じていることがありました。私の曾祖母とは、会ったことはありませんでしたが、祖母から、気が触れて首を吊って亡くなってしまったという話を聞いていました。また、このシリーズの最初に登場した、お世話になったいとこ違いのおじさんも事業が上手くいかず、自ら命を絶っていました。私の母も自死することは幸いにありませんでしたが、うつ病を患っていた時期がありました。私は何か遺伝的に問題があるのではないかと心配になり、近所のメンタルクリニックを受診しました。

 

初診の時、私は精神科の先生に全て正直にこれまでのことを順を追って話しました。すると、それまでじっと話を聞いていた先生が、「大きな借金を抱えたことはありませんでしたか?」と尋ねられました。その質問の意図は分かりませんでしたが、「はい」と正直に答えると、開口一番、「双極性障害だと思います」と言われました。

 

私はその診断を受け、少しほっとしました。これまでの全てが、その気分障害のせいだということはありません。嘘をついたり、借金を重ねたりしたことは、私の資質によるものです。ただ、双極性障害も原因のひとつだと思えることで気が楽になりました。その頃の私は、今よりもっと自分のことが嫌いで、自分自身を全く信用していませんでした。そうして私は、精神科の先生の指示をきちんと守り、定期的に診察を受けながら、処方される薬もきちんと服用しました。そうすると、なんと1年半、今の職場で皆勤をしたのでした!私の人生で初めてのことでした。

 

現在の私

現在の私は、就職6年目となり、役職も課長職を拝命し、自分の営業成績だけでなく、自分のチームと全体の成績の管理、新人の育成にも務めています。忙しい毎日ですが、充実した毎日を送っています。

 

年収が1000万円を超えて3年が経過したことや子育てが終わったこともあり、妻は相変わらず看護師の仕事をしているのですが、パートタイマーにシフトし、月の半分はお休みで英会話や絵画を習ったりしています。仕事を辞めて、のんびりすることを勧めたのですが、仕事を辞めると、会話をする人が1階に住む妻のお母さんだけになってしまい、そんな環境で年をとっていくのは嫌だという何だかよく分からない理由で彼女は仕事を続けています。

 

そして、今の私は、現在の状況を実現してくれたワトルズの教えをたくさんの人に知ってもらうためにブログを書いています。これからの5年間で私は必ず実現する目標があります。いずれ、そのことを詳しく述べ、ワトルズの教えをタイムリーに実践していきます。

 

この長いシリーズは、これで終わりです。お読みいただき誠にありがとうございます!

 

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kotoshotenさんに依頼したイラスト。精神科の先生には、初診からずっとお世話になっています。

 

宇宙の叡智とあなたの根気強い読書力に感謝します。

 

 

クズな私の話 ~ ワトルズの教えと出会うまでの悲惨な生活⑦

こんにちは!ワトルズの教えの伝道師、金井戸 隆と申します。

 

私のクズっぷりを書いてきたこのシリーズもいよいよ残すところあと2回となりました。私は、今の職場に就職してから、ワトルズの教えを実践することで、私自身も変わったと思っていましたが、この記事を書きながら、実はその前から少しずつ考え方や行動が変わっていたことに気付きました。

 

新しいスタート

長男の専門学校は、3年で課程が修了するところでした。高校の推薦もあり、入学金の一部が免除になりましたが、それでも我が家の家計では残りの入学金を払うのも大変でした。学費以外に1冊が高額なテキスト代や作業服代などがかかり、妻と何とかかき集めました。

 

長男が脳出血を起こした際、主治医の先生が言われていたのですが、あと少し出血するところがズレていたら、長男に大きな障害が残っていた可能性があるとのことでした。私は、特定の宗教を信仰しているわけではありません。家の近くにある神社で、私と妻は結婚式を挙げたのですが、その神社が祀っている神様が私にとっての神様でした。私は神様にとても感謝し、作業療法士を志す長男をとても誇らしく思っていました。私のようなクズにでも、神様は手を差し伸べて下さり、息子は絶望的な状態から奇跡的に回復し、天職と言える仕事を選ぼうとしている。私にとっては、専門学校の学費をきちんと納め、長男を無事に卒業させることがとても神聖なことのように思えました。

 

ただ、現実は甘くありませんでした。半年ごとに60万円の授業料と20万円のテキスト代がかかります。長男は奨学金を借りてくれていましたが、それでも足りません。どうしても次の授業料を期日までに納めることが出来そうにありませんでした。そこで私は、専門学校の事務所に出向き、授業料が間に合わないことを伝え、お詫びしました。担当の方はとても親切な方で、そういう方には半年間、学費の納入を待つ制度があることを教えてくれました。学費納入日延期の申請書類を書くように言われ、それを記入していると、担当の方が笑いながら、「お父さんのように遅れることを直接言いに来られた方は初めてですよ。大概は何も連絡して来られなくて、こちらから催促して、今書いてもらってる書類を郵送しています。」と言われました。支払いが遅れることに変わりはありません。出向いて直接お詫びすることは自己満足でしかないのかもしれません。何なら電話で済ます方が、忙しい事務員さんのお手を煩わすこともないのかもしれません。でも私は、それでは筋が通らないと思っていました。恥ずかしく情けないのですが、直接顔を見せ、遅れる旨をきちんと伝え、お詫びすることが正しいことだと思っていました。今思うと、この頃から私の中の何かが変わり始めていたのかもしれません。

 

長男が入学した年の秋頃に、私はホテルマンとしての実習を三重県で受けていました。もう歩合を当てにするのはやめて、高くなくても安定して収入が入り、ストレスのない営業ではない仕事に就いたらどうかと妻が提案してくれたからでした。提案というよりは、相変わらず仕事を度々休んでしまい、収入が安定しない私への妻の妥協案でした。そこで、以前から、人当たりが柔らかいので向いていると周りの人によく言われ、私自身もこれまでの経験からそう思っていた、ホテルマンの職種を選んだのでした。

 

実習は1ヶ月程でした。手持ちのお金がなく、毎日ただで食べられるホテルの朝食ビュッフェをたらふく食べて、昼食、夕食、飲み物代などを1日500円に切り詰めて生活していました。実習前には、ほとんど家に収入を入れなかった為、妻からは「今後の結婚生活を続けるか考えさせて欲しい」と言われていました。そのため実習中も妻からは一切連絡がなかく、食事を切り詰めながらやりくりしていたので、実習から帰った時には、私の体重は10キロ落ちていました。何をやっても私から離れることがないだろうと高をくくっていたので、妻から三下り半を突き付けられたことはとてもショックで、どれだけ自分が妻のことを好きだったのかをあらためて認識したのでした。ただ、この家族と離れた1ヶ月の実習期間は、自分のことをゆっくりと見直すことが出来た、とても貴重な時間でした。

 

12月下旬から福岡で開業するホテルのオープニングスタッフとして、私はホテルマンの第一歩をスタートしました。福岡に戻ってからは、私が真剣に仕事に取り組んでいたので、妻から三下り半を突き付けられることはなく、普段通りに接してくれました。ホテルの仕事は体力的に大変でした。私はお金を稼ぎたかったので、時給が上がる夜勤に継続して入っていました。ただ、営業のようなストレスもなく、勤務がシフト制ということもあり、仕事を休むことはありませんでした。仕事も誠実にやっていました。ホテルに宿泊するお客様は、非日常を楽しむ目的で来られています。ですから、気分のいい思いをしてもらいたいという気持ちでお客様に接していたせいか、旅行サイトの評価コメントでは、お客様から名指しで、接客をお褒め頂くことが度々ありました。

 

最後の転職

しかし、これで順風満帆ということにはなりませんでした。いくら頑張って接客しても、ほとんど毎日夜勤に入ったり、残業したりしても、給料が安かったのです。これでは、長男の学費が払えません。そこで私は、夜勤後にもうひとつ仕事を掛け持ちするようになりました。収入が少ないために、長男が学校をやめなければならなくなるなど、絶対あってはならないことでした。しかし、そうするとさすがに毎日の睡眠時間が3時間半ぐらいになりました。そのため、当時は、どこにいて何をしていても寝落ちするようになっていました。

 

妻も長男の学費の為に、看護師の仕事と介護施設の仕事を掛け持ちするようになっていました。看護師としての仕事を夜勤明けまでやった後に、続けて眠らずに介護施設に入り、慣れない介護の仕事を夕方までやっていました。後から聞いた話なのですが、この頃、妻の髪は毎日ごっそり抜け落ちていたようでした。私も妻も、もう限界でした・・・。でもこれは全て、これまでの私の生き方のせいでした。

 

そして、いろいろ考えた挙句、私は決めました。もう一度営業に戻ろうと。それしか、今の状況を打破する方法はありませんでした。それからは、2つの仕事を掛け持ちしながら、就職活動をしました。ホテルには、職場や同僚に不満などないこと、今の収入だと学費が払えないということを告げ、ホテルのルールに沿って半年後に退職する旨を伝えました。これまでの様に、急に自分の都合で辞めるのは仲間にも会社にも悪いと思いました。そしてそんな辞め方をするとまた、次の職場でも上手くいかなくなると思いました。そんな風に考えたのは初めてでした。

 

今回は、これまでです。ここまで読んで下さった方ありがとうごさいます!

 

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kotoshotenさんに依頼したイラスト。見た覚えのある黄色い花を青い鳥が運んできました。一連のストーリーのあるイラストをありがとうございます!

 

宇宙の叡智に感謝します!

 

 

クズな私の話 ~ ワトルズの教えと出会うまでの悲惨な生活⑥

こんにちは!ワトルズの教えの伝道師、金井戸 隆と申します。

 

このシリーズをお読み下さった皆さん、ありがとうございます!自分のクズっぷりに辟易しながら記事を書いていますが、そろそろ私のこれまでの話も終わりに近づいてきました。

 

なにひとつ変わってない私

自己破産をしてからも私は、訪問販売の営業職に就きました。それしか私には出来ることがありませんでした。ただ相変わらず職を転々としていました。今度こそは長く勤めようと思うのですが、しばらく頑張る自分が成果を出すと、ある朝突然、てこでも動かないような怠け者の自分が出て来るのです。何もしたくない、誰とも話をしたくない、そんな風に思う自分になってしまうと休むことが悪い結果を生むことを分かっていながら、抗えずに仕事を休んでしまうのでした。妻にはやはり内緒でした。

 

職を転々とするので、当然収入には恵まれません。2人の息子たちも大きくなっていましたので、どんなに妻が仕事を頑張っても、一馬力とちょっとでは日々の生活をするのがやっとでした。年頃になる子供達に、洋服を買ってあげたり、旅行に連れて行ってあげたりするなど、普通の家庭なら当たり前にしてあげられることが一切出来ませんでした。サッカーを習いたいという次男にも、妻があまりにも可哀そうだと費用をなんとか捻出するようになるまで、我慢をさせていました。やっと買ってあげた、見ただけで安いと分かる運動靴を、長男がとても喜んで、玄関のたたきに直接置かずに、汚れないように靴が入っていた紙の箱の上に大事そうに並べて置いてあるのを見て妻が涙ぐんでいたことを覚えています。

 

仕事を休んだツケは、当然少ない月給という結果で帰ってきます。妻には休んでいることは内緒なので、辻褄が合わなくなってきます。自己破産前は、そのために借金を重ねてきました。でも、債務の免責を受けた私には、借入れするところなどありませんでした。お金に困ると人間は、理性を忘れて何でもするようになります。私はやってはいけないことに手を染めてしまいました。

 

妻の怒り

お金のない中でも、妻は子供たちの教育の為に長い間学資保険をかけていました。その保険は、小学校・中学校・高校と節目節目にまとまったお金が入る以外に、万が一、子供が入院したときにも保険が下りるというものでした。どんなにお金に困っても、妻が絶対に手をつけなかったものでした。私は、少ない月給を補填するために、妻には内緒で学資保険の保険証書と印鑑を持ち出して、それを担保にして借り入れをするのでした。

 

子供の学資保険に手を出すことには、さすがの私も罪悪感がない訳ではなかったのですが、やはりいつものように思うのでした。「バリバリ稼いでチャチャッと返せば大丈夫やろ」と・・・。もちろんバリバリ稼げば大丈夫でした。それはコンスタントに仕事をすれば、難しい話ではありませんでした。でも私は、どうしても仕事を休んでしまい、コンスタントに続けることが出来ませんでした。

 

私は長男と次男、二人の学資保険から限度額一杯迄借り入れをしていました。当然、毎月決まった期日までに、決まった額を入れなければいけませんでした。私も保険を失効させてはいけないと何とか期日までにお金をかき集めていたのですが、とうとう払うことが出来なくなり、妻がどんなに苦しくても守ってきた子供の学資保険を失効させてしまいました。そのことも妻には内緒にしていました。「入学の節目節目にまとまったお金を貯めとけば大丈夫やろ。」と半ばやけくそになっていました。

 

そんなとき、ある大事件がおきます。長男が脳出血を起こしてしまったのです。長男は先天的に脳動静脈奇形というものを持っていたようです。ここでは詳しく書きませんが、そこが破れ、出血を起こしたのでした。病院に行き、翌日緊急手術となり、奇跡的にことなきを得ましたが、手術が終わるまでは、長男は一時的に失語症になっていたので、私と妻は、その時だけは絶望した気分になっていました。

 

そこで私の悪事が露呈します。妻は学資保険から入院時に保険が下りるので、それを見込んで医療費の支払いの計画を立てていました。しかし、私は長男だけならず、次男の学資保険をも失効させていたのでした。それを知った時の妻の怒りは凄まじいものでした。当然です。妻は、この緊急時にお金が出ないことよりも、子供の将来の希望である学資保険に手を付けるという私の禁忌を破る行為に怒り、あきれたのでした。

 

長男の術後の回復が早かったことや高額医療費支給制度を利用したことで、何とか医療費は払うことが出来ましたが、私の信用は地に落ちていました。

 

訪れた転機

高校の卒業を控えた長男は、作業療法士になるために、専門学校への進学を希望しました。それは誰が聞いても素晴らしい選択でした。長男は、術後にリハビリを受けるのですが、日常生活のための訓練をサポートしてくれる作業療法士の方と意気投合し仲良くなったようです。そして、その方へのあこがれと何より、その方の勧めもあって作業療法士を志そうと決意したようでした。脳出血を起こした際に、長男は一時的に失語症となりました。その時の感覚は、なった人にしか分からないはずです。その感覚を知った人が作業療法士になるなら、これはまさに天職だと思いました。その頃から、実践はしていなかったものの、既にワトルズの書籍を読んでいた私は、神様が長男を一時的に失語症にしてくれたのは、作業療法士になった時に、患者さんの気持ちが分かるようにするためだったのではないかと思ったのでした。

 

専門学校に行くには、高額の入学金や学費がかかります。それでも私は、長男に「学費は俺がなんとかするけん、学校に行け!」と初めて父親らしく後押しをしたのでした。結婚して約20年。情けない話ですが、やっと自分ではなく、家族のために働こうと思った瞬間でした。そのときの私は、そんな考え方が、やっと自分にも出来るようになったという自覚はありませんでした。46歳でした。

 

今回はここまでです。ここまで読んで下さりありがとうございます!このシリーズも残すところあと2話となりました。

 

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kotoshotenさんに依頼したイラスト。この先は危険と分かっていながら、私は悪の道に進みました。でも宇宙はそんな人に罰なんか与えません。考えるきっかけと見直すためのサインを送ってくれるんです!

 

宇宙の叡智に感謝します。